放課後の爆弾魔
著者:宙矢


 ――あなたは、今が楽しいですか?――

 僕がふと目にしたアンケート。その質問の一つ目がそれだった。
 掲示板の傍に置かれたアンケートボックス。隣にはアンケート用紙の束。……どうやら、それは校内の不特定多数の人物に向けられたものらしい。アンケートというよりは、単純な質問なのだろう。
 けれど、これは……印象として、クラブで行っている調査用紙、といったもののようだ。なぜか、どこで――クラブと称したが、生徒会や学校側という可能性も無きにしも非ず――これを作ったのか、文面上にはどこにも書かれていなかった。普通なら、プリントの隅のほうに『○○からの連絡』とかいう文字があっておかしくないのだが。
 ということは、もしかしたらこの用紙、彩桜学園が公認して作られたものではないのかもしれない。下手したら、個人で作られたものという可能性もある。
 が、しかし。掲示板の傍であるがゆえに、特に誰も気にしないのだろう。誰が置いたのかわからないが、必要のあるもの、と認識されてしまうだろうから。

 ――あなたは、自分を常に正しいと思いますか?――

 次の質問はこうだ。……こんな質問に、なんの意味がある?

 ――あなたは、自分が何かを変えられると思いますか?――

 ――あなたは、平穏な日々がいつも続くと思いますか?――

 ――あなたは、幸せのためなら手段を選びませんか?――

 ――あなたは、自分の事を気に入っていますか?――

 そんな質問が続いた。どれもこれも、何を聞き出そうとするものなのか、イマイチ判然としないものばかりだ。
 ……そして、最後の文面を目にした。


 ――あなたは、正義を支持しますか?――


 ……結局、一体何を調査するためのアンケートなのかわからない。
 けれど。
 帰宅時間が迫りつつある放課後。
 誰も通らない掲示板の前で、僕は用紙を一枚取ってから……ペンを取り出して名前を書き記し、全ての質問に『いいえ』と答えて折りたたむと、箱の中にそれを入れた。
 ……空の段ボール箱の中に、僕が送った回答が落ちた。



 僕は彩桜学園高等部一年、白絹夜透(しらきぬ よとう)という人間だ。物語的には人間で無い方が面白いのだろうけれど、生憎そんな設定なんてない。ごく普通の、男子高校生。
 身体的特徴は、一言で『特になし』で通じる。性格は『無関心』を地で行く人間。身長百七十センチと、評価的に微妙。家族構成は両親と僕の三人家族。クラスは4組。成績は全体的に平均以上だが、それ以外に目立った点は無し。……以上が僕自身に関することだ。
 他人からの評価を付随するならば、『人間関係は最悪』『ボサボサ頭で、目つきが悪い』『外見と一人称が一致しない』など。……人間関係はともかく、僕はそんなに悪人気取っているわけじゃない。純粋に、他の干渉を行わないだけなのだから。
 僕の、僕自身に対する感想。僕は、何事も起こらないに越した事はない、という考えの持ち主だと自負している。事なかれ主義の人間。基本的に物事を考えるのは好きなほうだが、反比例して放課後を何も考えずに過ごすのが趣味である。
 ……そう、僕の趣味と呼べる事項があるとすれば、放課後を何もせずに過ごすことだ。家に帰らず、学校を出ようとしない。人目につく行動を取らない。
 ……だからこそ。

 ……こんな事に、巻き込まれる破目になったのだろう。



 〜1 爆発事件と真逆の二人〜



 僕が高等部に進んで、もう三ヶ月になるだろうか。相変わらず友人と呼べる人間を作ることなく、堕落しきった日々を過ごす今日この頃。
 その日の放課後、僕はまたいつものように校内を適当に歩きながら時間を浪費していた。家に帰ったりしても何もすることがない上、そもそも帰りたいとも思えないため、いつも僕は校内に残っている。
 人と関わるのがあんまり好きではないので、この時間の人の少なさは大好きだ。下手に街を歩くより、ずっと人が少ない。今の時間なら、大概の人間はクラブや帰宅で校内に居ないから。だからこそ、こんな事を始めるようになったのだろう。
 基本的に、やることといえば掲示板に張り出されたプリントに目を通したり、図書室に通って黙々と本を読んだり。あと、人気のない所で本を読んでいたり、だろうか。そんな、暇人といわれて仕方の無い放課後を送っている。

「……ふぁ」

 ――が、基本は退屈しのぎであるためか、思わず欠伸する。周囲に殆ど人が居ない事は分かりきっているので、気を配る必要性も無いわけだ。ここが図書室なので、尚更だろう。
 そうして、適当に何かの本を読み漁ろうかと思っていた――刹那。


 平穏を打ち砕くかのような轟音が響き渡った。


「――っ!?」

 なんだこれ!? 身体を直接打ち抜くかのような衝撃が走ったかと思えば、爆発音が耳について――爆発した? 何が? というか……爆発だって? 訳がわからない。

「……冗談じゃない」

 気がつけば、僕は床に伏していた。反射的にやったことなのか、それとも衝撃に思わず体が倒れてしまっただけなのか……。でも、問題はそこにないだろう。
 まだ耳に変な音が残る中、正気を取り戻すために頭を振って、ついさっき手にしていた本を床に放置して立ち上がる。
 ……そうして、惨状を目に焼き付けた。

「まさか……本当に爆弾だったのかよ……」

 見ると、振動を放ったその中心――図書室内の机の一つが、真ん中の部分に衝撃によって生まれた穴をあけていた。その周囲が、目に見えて黒く焼け焦げていた。
 周囲を窺って、状況を確認する。被害を受けた机は一つだけで、それ以外に破損したものは見当たらない。机の位置も、本棚から遠く人もあまり使わないようなところのものだ。
 その、机を利用する可能性のあった人間を詮索してみる。僕を含め、現代社会では非常識極まりない事態を見つめる人間は三人。そのうち一人は図書委員らしい眼鏡をかけた女の子。怯え切ったようすでカウンターの影に隠れながら、机に目を移している。
 一方、もう一人はといえば――――

「な、なにこれ?」

 ……怖れを知らないのか、あたりをキョロキョロと見回しながら、少しずつ現場に近づこうとしていた。……おいおい。
 人間関係が稀薄な僕なので、彼女が誰かは知らない。が、セミロングで僕より十センチ程度低いその背中から、純粋に事態への興味があるのだと悟った。いや、実際のところ、爆破などというありえない現象に自ら歩み寄るなんて考える奴、通常では考えられないのだが。

「……あ、あぶないですよぉ!」

 ついには、図書委員らしい彼女が、自殺志願者を思わせるかのような少女に呼びかけた。声が震えているというのに、必死で現場に近づけまいとしているのがわかった。
 が、あのバカは全く理解できていないのか、不思議そうに首を傾げていた。……はぁ。
 幾ら僕でも、事件が悪化されるのはごめんである。仕方が無く、彼女へ忠告を促した。

「あんた、さっきの爆発の原因がまだどこかにあるって、考えてないのか」

 他人と関わるのが大嫌いな僕なのに、なんでこんなことしなきゃならんのやら。

「え? あ……ああっ!?」

 と、彼女はしばし考えた後、ズザザッと後退した後、俺の居る通路に入ってきた。
 そこで、ようやくセミロングの少女の顔が見えた(僕としては見たくなかったが)。大き目の瞳に整った顔立ちをした、一見は綺麗な白い肌の少女といった様子だった。その目はどこか好奇心を内包しているかのようで、癖のないやや短めの髪は活発さの表れのようだった。
 けれど、だからといって制服に乱れがあるわけではない。着こなすブレザーはあくまで、学校の指定を守っているといった様子だった。活発そうな言動が目立つ割に、服装は校則に準じすぎてやや動き辛そうに見えるほど。……なんだか、アンバランスだな。
 そして、そんな彼女は僕を見るなり。

「あ、あ、危ないならそう言って! 私、死ぬかもしれなかった!」
「それくらい、ちょっと考えたら分かるだろ……」

 嘆息する。……まったく、なんなんだよこいつは……。危険な場所に自ら立ち向かって行ったかと思えば、そんな単純な事にも気付けなかったのか。
 そうこうしていると、図書室の扉が勢いよく開かれ、一人の男性教師が入ってきた。彼は入ってくるなりその場を慌てた様子で見回す。

「君たち、ここでなにがあったんだ?」

 その質問は当然だろう。僕らだって、何があったのか分からない。が、爆破の影響からか立ち込める煙や、先ほどの爆音を聞けば、自ずと答えは見えてくるはずだ。ありえない出来事ではあるが。
 ……まぁ、その辺の事は誰かに説明してもらって、僕はさっさとこの場を後にしよう。第一、目の前で理不尽な怒りをぶつけてきた奴に言ったとおり、ここはかなり危険なのだし。
 ただ、先生も先生で、僕らを助けようとしているのか室内に入り込もうとしているので。状況を悪化させられても困るので、注意することにした。

「入らないほうがいいですよ。まだ、ここが安全というわけじゃないんです。それに、僕らだって何がなんだか……」

 そこまで説明して、僕は、ハッとした。
 ……この場のことを正確に知っている人間、だれも居ない。
 で、目の前の奴にマトモな説明ができるはずも無いのは確定。図書委員の女の子も、怯えきっていて無理そうだ。現に、彼女は眼鏡越しでも泣きそうなのがわかる。傍に居る奴が供述すれば、かえって混迷の度合いが深まりそうだ。
 ……ということは、当然、この場に居る人間だけで状況報告するには、僕くらいしかまともに喋れそうな人間、居ないみたいで。
 しかも僕、すでに発言してしまっているわけで。……取り返しがつきそうにない。

「…………はぁ」

 というわけで、無関係が基本な僕が、なぜか事件の説明をしなければならなくなったらしい。……不本意だ。ものすごく。



 三人揃って、図書室から命からがら抜け出した後、僕らは事態の説明をすることになった。
 放課後の、帰宅すべき時間が迫りつつあったあのとき。突然机の一つが小規模な爆発を起した。それ以降、少なくとも今のところ同じ事が起こっていないため、その他の爆弾は仕掛けられていなかったらしい。
 そう、あの爆発の原因はやはり爆弾だった。僕らが部屋を出ると同時くらいに、先生が警察を呼んで調べてもらったらしいが……残された破片から、間違いはないようだ。破壊の影響で机はというと、穴があいているとは言え、使用不可能とまではいかない。そこから、爆弾の威力は低かったと見られる。
 爆弾の理論とかは全然知らないので省略するけど、さっと説明してしまえば、ケータイを改造した小型爆弾といったところか。それを、机の裏に張り付けた。アラーム機能を利用した時限爆弾のようなものらしい。
 ただ、そのケータイはそもそも廃品を利用したものらしく(自分のケータイを利用する人間、そうそう居ないだろうし)、出所は掴めていない。購入者を調べればいいのだろうけれど、木っ端微塵でそれも不可能。
 それと、今のところは他の爆弾が見つかった様子はない。あれ一つだけで、事が終わったとみるべきだろう、ということだ。あくまで、今のところは。

「……はぁ」

 取調べを受けて、僕は嘆息しながら教室(そこで説明することになっていた)を後にした。何の因果か、僕が最後に調べられなければならず。……外はすっかり暗くなっていた。
 いや、そんなことどうでもいいか。帰宅できなければそれまでだ。それより、問題は……。

「……図書室の使用禁止、ねぇ……」

 一応、図書室以外にも捜査が成されるらしいのだが、特に変わった事がないようなら明日も変わらず登校らしい。危険であるとはいえ、だからといって学校が休みとなるほどの問題かといえば……事件の規模だけを見ると、そうでもなく。
 爆弾という危険性は確かにある。けれど、被害らしい被害はそれほどでもないのも事実で、HRで経緯が話されて、注意するようにと言われて終わりとなるらしい。
 ……が、現場となった図書室は、さすがにしばらく開放されることはないらしく。結果として、放課後の巡回場所が一箇所潰れた。溜息しか出てこない。
 ――と、僕がげんなりしながら玄関を目指していたときだった。

「あ、白絹くんやっと出てきたんだ」
「…………」

 僕は無言で歩き出そうとしたが、彼女がそれを許してくれることなく、肩をがっしりつかまれた。

「待とうか、君」
「離せ。僕にしては珍しく帰りたいと思っているところなんだ」
「淡白すぎるよ! ちょっとは推理に手を貸してよ!」

 ……推理? そんな言葉が出てくるなど考えてもおらず、セミロングの少女と向き合った。

「アンタ、そんなこと考えてたのかよ」
「む、あんたって……私はちゃんと羽古部灰(はこべ かい)って名前があるの!」

 そう言って、彼女は怒り出したように手をぶんぶん振りながら、説得してくる。
 僕らが先生に事情を話していたとき、自分の名前とクラスを言うことになったのだが、そのとき覚えてしまったのだ。彼女も、どうやら僕の名前を覚えたらしい。
 彼女、と言ってはみたものの……実は、この人僕の先輩だった。現在、高等部三年生。……世の中、もうわけがわからない。

「……じゃあ、灰先輩は、なんでそんなこと考えてたんだよ」

 一応、先輩付けではあるが、めっちゃタメ口で答える。苗字で呼ばないのはなんとなく。
 僕の質問に、灰先輩は胸を張って答える。

「そんなの、知りたいからに決まってるじゃん!」
「だったら警察にでも聞いたほうが早いぞ」

 なんで僕がそんなことに巻き込まれなきゃならんのやら。それに、あの場に居たのは僕らの共通項で、ロクな情報も無いなんてのは分かりきっているだろう。
 しかし、彼女はそれを否定。

「なんか、こういうのって楽しくない? だって、事件だよ事件! その謎を私たちが、警察より早く解いたら、それってすごいよね! だから、私は私で勝手に頑張ってみようと思うの!」
「だったら、僕を巻き込むな」
「え? じゃあ、どうすればいいの? 天次(あまつぎ)さんにでも聞けばいいの?」

 天次さん(僕の記憶が正しければ、フルネームは『天次涼芽(すずめ)』)というのは、図書委員の人だ。……が、あの怯えきった表情の女の子を思い浮かべれば、はっきりと答えることができるだろう。

「あれが答えられると思うのか?」
「無理だった」

 ……傷心しているであろう少女に、なんてことを。僕の知ったこっちゃないが、彼女には同情してやることにした。
 そして、僕自身がそれを認めたからか「というわけだから」と強引に話を進める先輩。

「白絹くん、あなたはこの事件をどう思う?」
「別に。ただの愉快犯だろ」

 そっけなく、それだけ返した。別にあれこれ考えたわけではなく、ただ、ストレートな感想として述べただけだ。

「じゃあ、僕はこれで」

 言って、そそくさとこの場を後にしようとする僕。だが、やたらとこの事件について知りたがる彼女はそんなこと許してくれるはずも無く。

「あ、ちょっとまって! せめて、なんでそう思うのかくらい、教えてよ!」
「……灰先輩、それくらい分からないなら無理に事件に首突っ込まない方がいいですよ」

 なんだか知らないが、この人と関わるとロクなことにならなそうだ。ということで、恐らく彼女には無理であろう問題をぶつけてから、僕は今度こそ学校を後にしようとした。
 また、何かメチャクチャな理由をつけて付いてくるかもしれないとも考えたが、そのときはそのときだ。こちらも無理難題を押し付けて、この問題から逃避すればいい。
 ――そのとき。


「その愉快犯って言ったの、テキトーなんでしょ?」


 僕はそう言われて足を止めた。……へぇ。

「理由は?」
「白絹くんが真面目に考えてなさそうだったから」
「……ちっ」

 舌打ちした。……どうやら、僕の性格が彼女でもなんとなく把握されているらしい。
 普段から我関せずで、他人と距離を置いている。そう考えれば、確かにこの答えは簡単だ。

「これが分かったから、私また事件に突っ込んでOK?」

 嬉しそうにはしゃぐ灰先輩に、僕は素っ気無く答える事にした。

「OK。これ以上僕に関わらなかったら、何してもいいからな」
「わーい」

 という声が発せられるか発せられなかったか、それくらいのタイミングで、僕はさっさと廊下を進み、角を曲がっていく。
 そして、その最中。

「……って、それじゃ私が質問できないじゃん!」

 という、今更な声が聞えたと同時、僕は素早く傍にあった扉を開き、真っ暗な教室の中に入り込んだ。息を潜め、居場所をつかめないようにする。
 先輩のどたばたという足音がすぐ傍まで近づき、そして遠ざかっていく。
 それを確認して、僕は嘆息一つ吐き出した後、今度こそ学校を出て行った。

 ……それで終わってくれたら、本当にありがたかったのだが。



 〜2 迷探偵と無気力探偵〜



 日本の学生をやっていて、まず爆弾魔による犯行など関わることは無いだろう。だから、そんな問題が起こるなんて非常識のはずだ。
 でも、僕は非常識を直に体験してしまった。……そんな日の、翌日。
 今日一日、物凄く教室に居辛かった。……ただでさえ、注目を浴びるのが嫌いだと言うのに。
 理由は簡単。昨日の『図書室爆破未遂事件』などという、あからさまなネーミングの事件の『被害者その一』だから。……あれだ、街中で火事とか見かけたら現場まで行ってみるってやつ。普段からしてあまり見られない現象だから、興味を持つっていう面倒極まりない人間の心理だ。
 ……ただ、このクラスで僕の存在感は確かに空気……いや、どちらかといえば瘴気か。認知されているが、誰も好き好んで近づくやついない。ともかく、そんな人間だから、どうせ問題が起こったところで気にはしても、せいぜい噂話される程度だと思う。


 ……が、よりによって僕の予想をあっさりと破壊する、ありえない先輩がいるわけで。


「…………しつこいっスね、灰先輩」

 げんなりと肩を落として、僕はあえて先輩の耳に入るような音声を出した。
 それに、今日の昼休み押しかけてきた、常識はずれの人間は「ふふん」と自信たっぷりに口の端を吊り上げ、両手を腰に当てた。威張っている、といったポーズだ。

「探偵はしつこいくらい現場を見るものでしょ?」
「僕は現場じゃない」
「心強い味方も増えたし」
「勝手に巻き込むな」
「実際問題、白絹くんは私より使える」
「探偵失格じゃないか、あんた。自分からダメって言うのか」
「やる気担当、私」
「それ以外できないからな」
「私たち二人なら、どんな問題だってノープラン!」
「だから、僕を巻き込むな。それと、『無計画』でどうするんだよ」
「あれ、違ってた? じゃあ……モープラン?」
「……『モーマンタイ』か? モーマンタイの間違いなのか? 問題無いって言いたいんだよな?」
「そう、それ! その英語!」
「中国語だ。英語はプロブレム」
「あ、そうか。『モープロブレム』か!」
「気味悪い造語だな、おい」

 ……どこの漫才だ。探偵はどこに行った? というか、そもそも、どうして僕がこんなことにならなきゃならないのやら……。
 話を遡り、簡潔に説明すると。どういうわけか朝から僕に妙な視線を向けてくるやつがちらほら居て、不信に思ったものの特に気にしていなかったが……昼休み、問題は起こった。
 突然、教室の入り口で「白絹くーん」という、間の抜けるような声が聞えた。……それだけで、先輩だとわかってしまった。だから、どれだけ呼ばれようと無視を決め込む。
 ……でも、ここで誤算が生じた。灰先輩、ついには教室に入り込んで問答無用で僕に聞き込み始めてしまった。
 僕は本気で無視しまくっていたものの、周囲からの視線がこれでもかというほど向けられてしまい、どうにもならなくなっていった。付随するなら、僕はそうは思っていないが、灰先輩は一応容姿がいい。で、僕とは接点がまるで無さそうな三年生。……奇異の目とか興味の視線とかある種の殺気とか、もう、普段では考えられないような意思を向けられまくってしまった。
 ……結果、苦し紛れに言ってしまった一言が災厄を招いてしまって……。

「…………僕、なんで『放課後に話す』なんて言ったんだろ……」

 それを言ったら咄嗟のいいわけだった、としか考えられないのだが。
 しかも、よくよく考えれば先輩の執着心だ。もし約束を破ろうものなら後日、もっと悲惨な目に遭いかねない。
 ……ちなみに放課後である今、彼女と遭遇している理由は、先輩に待ち受けされていたから。……死にてぇ。
 さらに、だ。僕から訊きだせる事なんてもう殆ど無いと悟っているらしく、時々質問してきたりはあるものの、すっかり僕は探偵役にされている。……なんだよ、これ? 僕、何か悪いことでもしたか?

「で、白絹くんはこの事件、実のところどう思ってる?」

 この事件に対して、恐らくこの学園で最も興味を示しているであろう先輩が、目を輝かせて聞いてくる。

「……興味ない」
「うわ、つまんない!」
「灰先輩は興味持ちすぎなんだよ」

 昨日の会話でもそうだったが、どうもこの先輩は事件そのものを楽しんでいるらしい。僕とは対極だ。その結果が、この事件に対する温度差なのだろう。
 僕は嘆息して答える。

「別に、こんな事件のことどうだっていい。犯人の事は『図書室使えなくして迷惑』くらいにしか思っちゃいないし。僕としては、それだけだ」
「……冷めてるね」
「まぁ、そりゃそうだろ。……『今が楽しいですか?』なんてアンケートに、即行で『いいえ』って答えたくらいだからな」

 ふと、この前答えたアンケート用紙の文面を思い出した。僕しか答えていなかった、用途不明のアンケート。だけど……どことなく、特定の人に向けられたかのような、奇妙な質問の数々。

「誰かに興味持っても、何かの問題に突っ込んでも、結局ロクなことなんてないんだよ。なら、関わらない方がずっといい」
「……そんな調子だから、楽しくないんじゃん」

 面白く無さそうに、灰先輩は言った。

「……かもな」

 珍しく、彼女の話は正論といえた。
 無関心で、何とも関わろうとしない。常に何事からも距離を置く。だから、結果として何一つ変化をもたらさない日々が訪れる。そんな、悪循環が発生しているようだ。
 もっとも、それを止めるつもりは毛頭無いわけだが。

「じゃあ……やっぱりこの事件、解決してみよう!」

 僕とは真逆のテンションで高らかに宣言する灰先輩。……って。

「あんた、僕の話を聞いてなかったのかよ」
「聞いてたよ! だからこう言うんじゃん!」

 年上とは思えないほど、知性の感じられない発言をしながら、灰先輩は僕に言い聞かせようとする。

「だいたい、これやったって白絹くんは暇潰しにはなるじゃん」
「…………」

 暇潰し、ねぇ……。…………。
 確かに、この放課後という時間は誰とも関わらず過ごしている。家に帰るつもりも、街中に出るつもりも無いから。他人と関わらず、人と遭遇もあまりないこの時間を、無意味にうろつくのはそれが理由だ。

「……じゃあ、暇潰しなんてして、何になるんだよ」
「そんなの知らないよ。でも、少なくとも白絹くん、パッと見て他人と関わってないでしょ?」
「じゃあ、なんだ? 他人と関わって楽しく過ごせとでも言うのか?」
「いやいや。そんなこといってないじゃん」

 誇らしげに胸を張りながら、そんな事をいう先輩。……僕が、今更ながらに無関係を装って逃げ出そうとするのを、強引に阻止する先輩。
 ……僕は何度目となるのか分からない嘆息しつつ、その真意を問うことにした。

「じゃあ、どういいたいんだよ」
「ん? あぁ、だから、こういうことやってるのも暇潰しになるよって」
「そこじゃねぇ」

 僕が訊きたかったのは他人と関わる、という部分だ。暇潰し云々はもういい。
 それに、灰先輩は「わ、わかってるよ!」と明らかに動揺した風に否定。再度、僕は溜息をついた。
 向き合った先輩は、咳払いを一つして語る。

「別に、私は白絹くんが他人とどう関わっていようが知らないよ。人が嫌いならそうすればいいし、関わることが不幸せだったり間違っていると思うなら、無理強いする意味なんてないから。
 でも、この事件は誰にも関わる必要なんて無いじゃん。あ、私は例外で。……って、なんでそんな白い眼で見るのよ……。……こほん。とにかく、事件を解くのは趣味の範疇で十分だってこと。解くだけなら、別に誰かに言い触らす必要なんてないし」
「探偵とは思えない発言だな、あんた」
「そうだね。私、どっちかって言えば犯人を支持するほうだし」

 どんな探偵だ。探偵が悪を助けるような発言してどうするんだ、おい。
 ……まぁ、それでも。灰先輩の言っていることも事実ではあるんだよな。
 他人と関わるのは大嫌いとはいえ、こういうことを勝手に推理するだけは自由だ。それを誰かに言い触らす必要も無い。そういう点で、これはゲームみたいなものと考えればいい。
 ……そうはいっても。

「ま、灰先輩が僕に絡んでくる限り、事件に取り組むつもりなんて無いけどな」
「えぇー」

 めっちゃ不満そうだった。……当たり前じゃないか、さっきからそう言っているんだし。
 が、しかし先輩はすぐニッと笑いかけながら。

「あ、じゃあ、考える気にはなったわけ?」
「……暇潰しにはなるんだろ、これ。こっちとしても、図書室が潰されたおかげで時間が空いてるからな」
「ふぅん……じゃ、ちょっとの間よろしくね!」
「だから、なんで僕があんたと組むことになってるんだよ……」

 握手を求めてくる灰先輩を軽くあしらいつつ、僕は図書室へと足を向けた。「なんでー!?」と物凄く不満そうにしている先輩も、一人で居るのが嫌らしくてさっさと後を追ってくる。
 二人揃って歩くという、イジメなんじゃないかという形で図書室を目指している最中、灰先輩は「ところで」と切り出してくる。

「結局のところ、白絹くんはどう推理するの?」

 思えば、灰先輩はこのことを訊ねようとしていたのだ。それを、僕は逃げる気満々だったから、結局話が脱線してしまい……。
 どう足掻いても先輩は付いてくることを悟り、不本意ながら答える事にした。どうせ、答えないとまた騒がれる。

「どうと言われてもな……。前に愉快犯と言ったけど、ある意味それで正解な気もする。自分が作ってみた爆弾を、適当な場所で使ってみようとしただけだろ。で、放課後の帰宅間近なんて時間を狙った理由は、大きな被害を出したくないから。……そう考えると、これから犯行がエスカレートするのは目に見えているけどな」
「ふぅん……あ、じゃあ、昨日のあれはテキトーってことでもなかったんだ」
「いや、あれは本気で灰先輩から逃げる為の口実だ」

 思いっきり背中を叩かれた。一瞬息が詰まりそうになるが、なんとか堪えて歩行を再会する。
 ……ただ、こう答えておいてあれだが、こんな推測が正解であるとは思っちゃいない。僕の中では『愉快犯』などという考え、微塵も無いのだから。だいたい、もしエスカレートするなんて危惧があるなら、休校等の措置が取られるのは目に見えている。
 つまり、警察としてもその可能性は低く見ている、といったところか。それこそ、度が過ぎた悪戯といった感覚で捉えているようだ。僕も、それには同意する。
 だが、僕が素直に答えたまったく考えていない推理を、先輩は真面目に「なるほど」と呟き頷いていた。…………。
 彼女としてもそれが納得いっていないのか、それ以上の反応は見せなかった。先ほどのとおり、僕は誰かに探偵ぶって答えを言い触らすつもりは無いので、別に気にしてはいないが。
 そうこうしていると、図書室の前に辿り付いた。
 扉はやはり封鎖されており、夕方に起こった事件のため使えない、という記述がそこにあるだけだった。
 この対応だけと知って、学校は不安が入り混じっている。無理も無いだろうけど、学校側としても対応が取るに取れないので、どうにも出来ないのだ。
 理由は簡単。事件の規模と、不鮮明な犯行の理由からだ。
 学園の関係者、それこそ生徒か教員かが起したと見て間違いは無いのだろうが、だからといって理由が不明。犯行自体も、放火や殺人のような大事になったわけでもなく、あくまで物品の破損という扱いにしかならない。ケータイ改造爆弾という異常性はあるが、事態だけはそんなものでしかない。
 挙句、テロのように犯行予告もあるわけではなく、かといって生徒がこんなことをする理由としては……イマイチ、キッカケが薄い。もしテストを嫌うようなことがあるなら、教室を爆破するだろう。が、図書室など狙われたところで、なんにもならない。

「問題は、爆弾にもあるのか……」

 そう、この爆弾というのもなかなかにネックだった。
 前述のとおり、生徒が騒ぎを起したいなら放火すればいい。図書室なら、ライター一本あれば済む話なのだから。けれど、使われたのは爆弾という、手が込むだけのもの。
 これをキッカケに先生を脅迫する、ということも考えは出来るが……。それなら、わざわざ人の出入りがある図書室を狙うのも微妙だ。派手さを見せ付けるにしても、それなら体育館あたりを狙った方がいい。
 ……ということは、なんらかの理由があったからこそ、図書室が狙われたのだろう。そして、爆弾を使うという因果関係も、そこに起因する可能性が高い。
 …………そして。
 僕が現段階で立てている推理は、一つ。
 どうせ、これを失敗したところで人生に関わるわけでもない。じっくり考えれば、より正確な答えも出てくるのだろう。
 ……それでも、やることはどうせ限られているのなら。
 ここでさっさと終わらせても、なんら問題は無い。

「……入れないのは当然か」

 そう言って僕は嘆息して、図書室の入り口から踵を返した。その後を、ストーカーのように灰先輩は追ってくる。

「ねぇ、どこに行くつもり?」

 後ろで怪訝そうな顔をしている先輩に、僕は嘆息一つ吐いて答える。


「犯人を見つけに」


 素っ気無く、それだけ答えた。
 それに、キョトンとした表情を見せる灰先輩。そこには、純粋に驚きの感情だけが浮かんでいた。

「え……分かったの? 犯人?」
「一応。だから、今から犯人の所に行くんだよ」

 そう言って、僕は近くにあった階段を上っていく。このルートは、僕にとって放課後の巡回コースだ。
 黙々と足を運んでいく僕に、灰先輩は訊ねてくる。

「それで、犯人って結局、誰だったの? わかったんでしょ、この事件。じゃあ、このまま犯人と出会うってことだよね? 私に教えてくれたっていいじゃん!」
「まぁ……それは後で話すからいいだろ」

 それだけ返して、ひたすら歩みを進めた。
 僕の推測上、犯人になりうる人間は決まっている。『図書室』に『爆弾』を仕掛けるなんて真似を、この学園で行ったこと。反して、その被害は微々たる物であったこと。
 僕の考えでは、物的証拠があるわけじゃない。でも、もし犯人が予想通りなら、証拠なんて要らない。……きっと、これはそういう事件なんだ。
 再び、黙々と思考を巡らせる。何か見落としが無いか、このまま断定していいのか。……でも、現状ではそう決め付けるしかなかった。なので、思考を断ち切って歩みを進める事に専念する。


 そうして、屋上へと通じる階段まで上り、その踊り場のあたりで僕は足を止めた。
 さすがに、この辺まで好き好んで訪れる奴なんていないな。……普通なら。
 僕が動かなくなったからか、先輩は不思議そうに周囲をきょろきょろ見回しながら。

「えっと……これから、どうするの?」

 僕は背を壁に預けながら、疑問符を浮かべる先輩を見やり説明する。

「だから言っただろ。犯人を見つけるって……」

 そして。

「……そう、僕は最初から『犯人を見つける』なんてこと、言ってなかった。あくまで、僕は事件を暴く、暇つぶしにするとしか言ってなかったんだ。なんせ、僕は他人に関わることなんて考えちゃいないんだからな」


 僕は、決定的な一言を、この事態を巻き起こした犯人に告げた。


「なのに、僕が見つけ出すなんて事を口に出して……何も違和感がなかったのか? 爆破事件なんて起した、灰先輩」



 〜3 犯罪者と部活動〜



「…………え?」

 まるで状況が飲み込めていないのか、先輩は目を丸くしながらそんなことを呟いた。が、それこそが僕の導き出した答えの全てだ。

「さっき言ったとおり、僕は犯人が灰先輩だと思っている。あぁ、さっき『犯人を見つける』なんて言ったのは、純粋に先輩の反応を見るためだ」

 普通、今までずっとやる気を出さなかった人間が、いきなり犯人を見つけるだのと言葉にするわけ無いだろう。ましてや、僕に行動するようずっと説得し続けてきた人間が違和感を覚えないわけがない。
 無論、深く物事を考えない彼女なら気にしなかった、とも考えられるが……もう一つ、このことを訊ねなかった理由があるとすれば、僕の予想は当たっていることになる。

「は? ねぇ……なんでそうなるの? 意味わかんないって」

 相変わらず事態を飲み込めていない様子の灰先輩だったが、意味わからないのはこっちの方だ。

「僕も、先輩のどこが本当の灰先輩なのか、わからないな」
「…………」

 途端、灰先輩は今まで見せた能天気な顔とは違った、鋭い瞳で僕を見据えてきた。無言で睨みつける彼女は、今までの『羽古部灰』とはまるで別人のように感じた。
 ……それはつまり、灰先輩にとってあまり嬉しくない話だった、というところだろうか。
 僕はその変化を意識しつつ、さっさと推理の続きに移る。

「まぁ、このことはどうせまた話すから後回しだ。まず、図書室に置かれた爆弾に関する、僕の考えから話しておく」

 正直、会話というのがかなり苦手な僕としては、こんなことをすること事態苦痛なんだが……どうせ、このまま帰してくれる先輩じゃないだろう。……本性がどうであれ。
 なので、僕なりの推理を渋々始める。

「図書室に爆弾を置く。これ自体は実際、そんなに問題じゃない。前に話したとおり、愉快犯ならどこを狙っても問題ないわけだからな」

 コンピュータウイルスなんかもそうだ。他人に迷惑をかけるために作ったアイテムを、無差別にばら撒く。それと同様、どこを狙って事態を引き起こしても、犯人としては楽しんでいるという面は変わらないだろう。

「だが、ここで問題になるのは事件の状態だ。『爆弾』なんて派手なものを使っておきながら、出来たのは幾つかある机のうち、中央の方にあった一台だけ。それも、一部が爆破された程度だった。……この段階で、愉快犯なんてのは消える」
「……どうして?」
「簡単だろ。爆弾を犯罪に組み込むメリットは、普通に考えて威力と派手さ。それと、誰彼構わず人を巻き込む残忍性、そんなところだな。じゃあ、今回の事件はどうだったかといえば……威力は誰の目にも低く映り、一人として怪我人を出していない。派手さだけは、確かにあったけどな」

 もっとも、天次さんなんかは精神的に傷ついているのだろうが。……けど、今回はそういう問題じゃない。

「おかしいよな。爆弾はナイフなんかと違って木っ端微塵になるから物的証拠になりにくいし、使えば人を巻き込む危険性があるくらい承知しているだろう。にも関わらず、被害はこれだけだ。……そして、もう一点」

 僕は人差し指を一本立てながら、この事件で最も不可解な点を告げた。

「爆弾が置かれていた机は、幾つか在る机の中でも使用率が低く、本棚から遠いものだった。……その結果、どこかに燃え移ることも、本が失われることもなかった。逆に、こういう事件を起す場合は、本棚の陰とかにでも置いておけば燃え移って大惨事になるのが定番だろ?
 よって、これから導き出される答えは……犯人は、『派手なこと』と『被害を最小限に抑えること』『怪我人を出さないこと』を目的としていた。そして、それをする事によって何らかの結果を得ようとしている」

 得ようとしている、と言ったのは……実のところ、まだそこを理解できていないからだ。もしかしたらもう成し遂げたのかもしれないし、これから何かが起こるのかもしれない。
 だけど、僕にとって灰先輩が何をしようと興味の無いことだ。

「ねぇ……ちょっといい?」

 ここまで話を聞いたところで、先輩が質問をしてきた。

「確かに、白絹くんの推理はすごいと思うよ。たったそれだけのヒントで、そこまでわかっちゃうんだもん。でも、どうして私になるの?」
「……それ、アンタが言う言葉じゃないだろ?」
「…………へぇ」

 灰先輩は一瞬キョトンとした表情を見せたが、しかしすぐに不敵な笑みを浮かべる。
 ……恐らく、今見せている顔が、本来の先輩なんだろう。そう思わざるを得なかった。
 そして、今までとは雰囲気の一転した先輩は笑みを見せたまま、僕に問い掛けてきた。

「じゃあ、気付いてくれたと受け止めていいのね?」
「たぶん、灰先輩の思ってるとおりだろうな」

 僕はがっくりと項垂れて見せた。……もしこのとおりなら、僕は凄まじく面倒なことに巻き込まれつつあるのではないだろうか?
 けれど、このままでは何も進まないので、諦めて問い掛ける。


「灰先輩、僕を探偵役に仕立てたんだろ?」


「おぉ、正解。ふーん……やっぱり白絹くん、すごいわ」

 人をバカにするかのように、小さく拍手された。

「……あんたの行動力の後だと、かなり霞む気がするけどな」
 まったく……一歩間違えればこの先輩、警察に捕まってたかもしれないじゃないか。そこまでするか、普通? こんなの、ありえないだろ……。
「じゃあ、とりあえず答え合わせの続き、やってみて」

 実に楽しそうに進める先輩。……なんだ、この人……さっきまでのバカみたいな人格なら軽く流せたというのに、今はとにかくやりづらい。何を考えているのかまるで分からない。どこまで演技に徹してたんだよ、この先輩は……はぁ。

「……さっき言ったとおり、図書室で起こった事件は『怪我人を出さない』ことも目的に置いている。けど、そうなると問題も出てくるだろう? いくら室内に人が少なかったとはいえ、万一あの机に人が近づくケースも、否定できない」
「そうね。残念ながら、千里眼でも持っていればもっと簡単だったんでしょうけど」

 やれやれと、面倒くさそうに手を広げる灰先輩。その言動から、改めて犯人が彼女であるとわかる。

「爆弾がどう作動するかは知らないが、どんなタイプのものであれ、人を近づけるわけにはいかない。だから、爆発させるまでは図書室に居て気を配る必要があった。よって、犯人になりうる可能性があったのは、あの場に居た三人だけ。まぁ、僕が違うのは確かだから、実質は二人か」

 警察からすれば、やはり僕も同様に怪しい人物となるのだろうが。

「ただ、正直なところ二人とも、僕の中では同じくらい怪しい人物になる。さっき話したとおり、条件が一致するのは確かだからな。物的証拠も爆破したせいで、押収不可。こうなると証言してもらうくらいしか、僕が犯人を当てることなんて出来ない」

 警察が、爆弾として使われたケータイの出所や指紋などから、灰先輩を犯人と断定するようなことがあれば話は別だが。少なくとも、一学生の僕にはそんな芸当は出来るわけがない。
 ……そう、本来ならそこでストーリーは途切れていたはずなのだ。……だが。

「でも、それを自白していなかったとはいえ、近い行動をしたのは先輩だった」

 わざわざ僕に近づいて、あろうことかこの事件に巻き込んだ。そして、自ら犯人である事を無理やり推理させた。この結果だけをみれば、僕を探偵役にしたと考えて問題ないだろう。

「そこなんだけど、私はまだそんなに事件に関する事を漏らした記憶は無いのよね。まぁ、捜査が続けばちょっとずつヒントを出すつもりだったとはいえ……そこは腑に落ちないわ」

 なるほど。やはり、先輩はそのために僕を事件に巻き込んで……いいや、もしかしたらこの事件は、そうするためだけに起したものなのかもしれない。
 となると……。…………。……まさか、な……。
 僕はその考えを一旦振り払って、話を続けることにした。

「そりゃそうだろ。傍目から見たら、アンタはただ僕を捜査に無理やり協力させたにすぎないんだからな。そこに到るまでの過程で、ヒントらしい言葉なんか無いに等しい」
「じゃあ……私の言葉は無関係ってことね」
「そういうことだ。灰先輩の失敗があるとすれば……行動、その一点だよ」
「……行動?」

 怪訝そうな表情を浮かべる先輩は、しかし僕の推理を純粋な子どものように楽しんでいるようだった。

「そう、行動。考えれば簡単なことだ。図書室に居たのは三人で、先輩は僕を巻き込んで捜査を始めた。そこがおかしいんだよ」
「……あぁ、そういうこと」

 やはり、この人は頭がいいらしい。たったそれだけで、僕が語るべき事を理解してしまったらしい。
 となると、昨日僕が『愉快犯』といった理由を答えたのが、本来の彼女なのだろう。もし答えを出すことができなければ、僕は灰先輩に関わる事を拒否し続けていたのだから。
 本当に後悔した。この人、どこまで深く考えて行動しているのかまったく読めない。

「普通に考えて、何も考えてなさそうな『羽古部灰』という人間が、どうして一番仲間に引き入れづらそうな僕の所に来たのか。勿論、そこには僕がこの事件の事を何も答えなかったから、意地になったというのもあるだろうけど……それでも、まだ疑問が残るんだよ。聞き込みだけなら、意地になったで通用する。でも、捜査に巻き込むとなると話は別だ」
「そうね。私も『能天気』なキャラ作ってただけだから失念してたわ」

 どうやら灰先輩も、それに気付いていたらしい。だが、話を続けるため、あえて僕は答えを提示した。


「もし、聞き込みでなく捜査になるようなら、天次さんも巻き込んだだろうからな」


 そこが、僕にとっての疑問だった。

「これまでの先輩のキャラだと、『自分は事件に首を突っ込みたがるけど、推理力は限りなくゼロ』なんだろ? 僕に推理させるような言動も多かったからな。だったら、誰かに頼ろうとするだろうけど……幾らなんでも、さらに人数を増やすくらいの提案はするはずだ」

 昨日、本当に天次さんから話を訊いたのかは定かじゃない。が、昨日の天次さんは事件に動揺していて話を訊き出せる状況ではなかった。……ただ、それだけなんだ。

「事態を目の当たりにした人間に協力を煽るのは有効だ。それに、場所は図書室で図書委員という人間のテリトリーだった。これだけで、僕より天次さんを巻き込む方がいいってわかるよな。話しやすさも、人の良さも、協力のしやすさも、どれをとっても僕よりよっぽど役に立ったはずだろう?」
「そうね。……あぁ、まったく、失敗したわ……」

 肩を竦めて、先輩は自嘲気味に微笑んだ。

「それに、犯人があの場に居た、といった考えくらいなら浮かぶだろうな。で、先輩がもし犯人でない場合、パッと見て僕の方が犯人っぽいだろ? 態度も悪く、事件に直接関わろうともしない。やる気なく誰とも接しようとしない。そんな人間を無理やり引っ張りまわすのは、明らかに異常だ。あぁ、ちなみにこの場合でも、天次さんが犯人っぽくないのは目に見えているだろ? あれだけ怯えていたんだからな。……そういう方向で考えてみても、やっぱり一番落ち着いていた僕が犯人に見える」

 僕の視点から物事を考えたら分からなかったことだ。が、犯人が三人の中の誰かである場合、一番怪しい行動をしたのは紛れも無い、先輩ただ一人なのだ。
 ついでに天次さんを犯人とする場合、確かに行動を移しやすいのは彼女ではあるし、恐怖していたのを演技だとすれば話は早い。図書委員のイザコザでもあれば、動機も生まれるだろう。
 だが、それなら先輩が爆破の形跡に近づいたとき「あぶない」と言ったことがおかしくなる。あの場に危険は無いのだから、必死に呼び止めるのはどうだろう? 勿論、これも演技と考えればいいのだが……。……これはむしろ、危険が無いと知っていた先輩だから、目立つ為に近づいたと考えた方がしっくりくる。

「確かに、そこまでは認めるけど……じゃあ、証拠はあるの?」

 先輩の質問に、僕は嘆息した。

「あるわけ無いだろ。ケータイ爆弾は押収されてるし、指紋の検出とかする技術は無い。だから、物的証拠は僕の手元に何も無いんだよ。この会話をテープにでも録音してたら、それが証拠になるけどな」
「なにそれ? よく、そんな発想で私を犯人扱いできたわね」
「だから言っただろ? 僕は犯人を見つけるだけだって。捕まえるつもりは最初から無い。そして、推理そのものは終了した。これ以上、やる事はないだろ?」

 例えば、机の落書きを誰がやったかなんてすぐにわかるはずがない。誰がやったか分かったとしても、何で書いたかなんて正確にわからないだろう。シャーペンを使ったとしても、幾つかあるうちのどれを使ったのか分かりやしない。
 今回の事件は、要するにそれの延長みたいなものだ。確かに大きな出来事ではあったし、何を使ったのかも分かっている。……でも、それだけでしかない。

「ちなみに、もし先輩が犯人で無かった場合、必然的にあの事件を起したのは天次さんってことになる。動機も考えられるからな。それで、この事件は調査終了だ。間違いだったとしても、僕には何も支障は無いんだからな」

 ついでなので、こういった話も付け足しておいた。推理小説のように、一度に犯人を探し当てなければならない、という状況でもないのだ。一方を問い詰めて、ミスがあればもう一人が犯人。それで十分だった。
 が、しかし。事件は解決しても、おかしな問題が残されてしまっているのも事実だ。なので、話を切り替えることにする。

「というわけで、ここでおかしいと思うのは、当然『どうして灰先輩は自ら自首するようなマネをしたのか』だ。自己申告しなければ完全犯罪も達成できたはずなのに、なんでこんなことしたんだ?」

 おそらく、そこがこの事件の始まりなのだろう。
 爆弾を仕掛けたことだって、結果としては悪戯の一種(度が過ぎているとはいえ)として取られてしまいかねないものだ。わざわざ自分から蒸し返すようなことをして、なんのメリットがあるのだろう?
 僕が疑問を述べると、灰先輩は口元を怪しげに歪めた。

「本当なら証拠まで揃えて、私を犯人にしてほしかったところだけど……」

 ――瞬間。
 先輩の手がバッと僕に伸びてきた。
 それがあまりに唐突なことだったので、僕は瞬時に距離を取ろうとしたが――ここは、階段の踊り場だ。避けられない。
 そして……先輩の指先が、僕を捉えた。
 …………。
 ……先輩が、軽く僕の肩に手を置いていた。
 …………は?

「なぁ……なんだよ、いきなり」

 僕は意味がわからず訊ねると、先輩は屈託無く微笑みながら、告げてきた。


「合格」


 ………………はぁ?

「なんだよ、合格って」

 意味がわからない。僕は試験も何もやっていない。にも関わらず、先輩はそんな事を言ってきて……。……ただ、話の流れから、この事件を解決したことに起因しているのは間違いないだろう。
 となると……。

「これ、探偵部だとかそんな部活の勧誘か?」

 訊ねると、先輩は置いた手を放しながら答えた。

「惜しいわね。確かにこれ、白絹くんを勧誘するかどうかのテストよ」

 やはり、そこまではあっていたらしい。
 そうすると、これまでの灰先輩の行動も納得がいく。わざわざ警察を呼ぶ必要のある事件まで起しておいて、僕に無理やり事件を解決させた。しかも犯人は先輩ときたものだ。これだけの材料があれば、テストだったということは分かる。
 ……が、問題はこれが一体どういったクラブのものなのか。おそらく、惜しいと言われた理由はそこだろう。

「白絹くん、あなたは爆弾を使う探偵なんて聞いたことある?」
「そんな奴居たら、問答無用で危険物所持だな。逮捕は免れないだろ」
「正解。で、もし私が探偵部なんてのに入っていようものなら、間違いなく異端者扱いね」

 爆弾を作った段階で、彼女はすでに異端者扱いされておかしくないのだが。

「それに、私は事件を解決することがいいなんて思ってないわ。私、正義より悪を支持する人間なの。前に言ったわね。世の中、探偵が事件を解決して、いかにも『正義の味方です』という認識を持たれるわ。でも、それって殆どの場合犯人は誰も救われないのよね。人を殺してまで現状を打破したのに、無駄にされる」

 ……このとき、僕は直感した。
 この人は、何かが壊れている。猫かぶりをしていたときとは違った意味で、けれど、こちらの方が根本的に壊れきっている。
 先輩は続ける。

「そこで、私は考えたの。どうすれば完全犯罪を成し遂げられるか。……答えは簡単で、『探偵が犯罪を犯せばいい』ってこと。名探偵なんていわれる人間が、知力の限りを尽くして罪を隠せば、きっと上手くいく。……そう思わない?」
「状況にもよるだろ。世の中、政治家になるような人間だって罪を隠せないんだからな」
「そうね。そうかもしれない。でも、あぁいう人は必要に迫られたとは思えないわ。大抵、金銭に関わるような問題が生じるから、警察も捜査できるでしょうね。だけど、名探偵が汚職のこと調べる?」

 ……結局のところ、先輩が言いたいのは……推理小説のような場合で、探偵が事件を起せばいい。そう伝えたいのだろう。

「白絹くんは覚えている? あなた、アンケートに答えてくれたわね」

 不意に振られた先輩の質問に、僕は悪態づいた。

「やっぱり、先輩が作ったやつだったのかよ……」

 それを思わせる発言がいくらか見られたため、そうではないかと思っていた。『悪を支持』なんてそれの最たるものだ。あれらの発言があったから、先輩が僕に関わろうとしているのではないか、という決断に到ったといって間違いではない。
 僕の反応に、先輩は満足そうに笑みを見せた。

「全部『いいえ』って、なかなか面白い解答だったわね。私とほとんど同じ。……あぁ、ちなみに私は『自分が何かを変えられると思いますか?』だけ『はい』と答えるわね。残りは『いいえ』よ」

 そこまで語って、灰先輩は「でもね」と肩を竦めながら告げた。

「確かにアンケートそのものは、私としては興味深いし、判断基準のひとつではあるけど……実際、あれに解答するかしないかが、クラブに勧誘するかどうかの決定的なものなの。
 知ってた? あれ、放課後の、本当に限られた時間くらいにしか置いてなかったのよ。それこそ、普通なら部活か帰宅、それとも談笑しているか……。そんな時間に、アンケートに答えるなんて人、変わってると思わない?」

 ……はぁ。なるほど、やってくれるな、先輩……。

「……そうだな。実際、僕みたいなやつも引っかかったわけだ」

 放課後、何をするでもなく一人で居ることを好んでいた。こういった人間くらいしか、あの文面に目を通さないわけか。……クラブにも所属していなくて、掲示板をちゃんと目にするような、勧誘に都合の良い人材を集めるための、トラップだったわけか。
 そして、この時点である程度確信した。灰先輩の言うクラブとは、本来この彩桜に存在しないクラブだ。先輩が勝手に作ったもの、といったところだろう。そうでなければ、アンケート用紙を特定の時間に置いて回収するような事はしない。

「じゃあ、結局そのクラブってなんだよ」

 訊ねると、灰先輩は口元に指先を持ってきて、何かを考える素振りをしながら。

「さっきから言っているとおり、このクラブは犯罪者を支持するためのクラブ。探偵になりうる人材を、真逆の立場に立たせるためのクラブ。……気付いていると思うけど、もちろんこれは正規のクラブじゃないわ」

 そこで区切って、この異質なクラブの名称を答えた。


「探偵が事件を解決するように、犯人が犯罪を完遂するためのクラブ――『犯罪部』よ」


 ……もう、これ以上無いほど『そのまま』な部活名だった。

「そして、私が『犯罪部』部長。一応、今は三人のメンバーがいるの。ま、現状はクラブというより『同好会』と称した方が的確でしょうね。人数が居ないから」

 部長自ら、採用試験をやっていたらしい。……この試験をやる上で、先輩が適任だったのだろうか?
 って……僕、そんな場合じゃないだろ。

「そりゃ、部長自らご苦労様でした。でも、僕としては一人がいいから入るつもりは無いぞ」
「そう言うと思っていたわ」

 フッと、先輩は不敵に微笑んだ。背筋に冷たい何かが走ったのは、なぜだろう。

「白絹くん、さっき言ったわよね? 図書室に居た人物は全員が『犯人になりうる』って」
「……あぁ。ついでに言うなら、僕が犯人らしいと思われて仕方が無い雰囲気だ」
「……今、白絹くんのクラスで爆発が起こったら、誰が犯人だと思われるかな?」

 ………………。……な……なんだって?

「それに言ったわよね? 自己申告しなければ、私は犯人と思われなかった――完全犯罪といわれて問題なかった。白絹くんには知られちゃってるけど、白絹くんは普段の印象から、誰にも話せないよね? 話したところで、誰にも信じてもらえない。きみは周囲から距離をおいてるから、あまりよく思われていない。まともに取り合ってくれるかどうかも怪しい。……あ、教室の出来事を根に持って、私を犯人に仕立てた、と思われる可能性も高いか」

 次々と僕の取ることのできる可能性を潰されていき、さすがに焦りが生じていた。
 元々、誰かにこのことを話すつもりは無かったし、話したところで証拠らしいものは何も無いので意味が無い。とはいえ、灰先輩の発言は……。

「ちょっとまて。灰先輩、幾らなんでも僕のこと知りすぎじゃないか?」

 印象からそうだと判断した、と言われたら元も子もないし、この先輩ならやりかねない。が、それを考慮してはいるものの、やはりおかしいだろう。
 すると灰先輩、それが当然とばかりに平然とした表情で。

「調べていたら、これくらい当然よ」
「調べてたって……」
「仮にも、誰にも知られていない、知られるわけにいかないクラブに勧誘する人間よ。情報くらい収集しておいて当然でしょう?」
「そうかもしれないけど、でも、どうやってこんなに」

 そこまで言って、今更ながら僕はとんでもない失念をしていたことに気がついた。
 ……この人、どうやって僕が図書室に居た事を知ったんだ? 僕があの場に行かなければ、この試験は企画倒れになるというのに……。僕の行動など、誰も気にしないはずなのに。
 だが、灰先輩は……やはり、当たり前とばかりに。

「プライバシーの侵害って……犯罪よね?」

 ……犯罪部は、完全犯罪のためのクラブだ。そんなことやったところで、罪悪感もなにもあったもんじゃないのかよ。……勘弁してくれ。

「…………じゃあ、あれか? 僕の放課後の過ごし方まで調べた上で、僕のところにきたのか?」
「うーん……それもだけど、推測したって面も大きいわね。さっきのとおり、普通は目にも止めないアンケートに答えた。あとは、人から遠ざけてる人間で成績も悪くないから居残りとは思えない。それだけわかれば、自ずと答えは見えるわ」
「なっ……」

 意味ある言葉を発することが出来なかった。僕が先輩のことを言い当てたときと、真逆の状況。そして、人と距離を置いている僕の事をここまで当てられるとは思っていなかったからだ。
 いや、何を言っているんだ僕は? 灰先輩のことを推理できたように、僕のことだって同様に考えてみれば分かることじゃないか。
 そして、僕の人間性――『人から遠ざけている』という部分に触れているはずだから、下手したら僕が最も見られたくない部分を、知られているかもしれない。この放課後の過ごし方の発端を、掴まれているかもしれない。
 思考の逡巡をしている僕に、灰先輩は表面上天使のような、けれど内面はこの世のどんな悪よりも残虐な素性を隠しながら、僕に訊ねてきた。

「白絹くん、犯罪部に入ってくれる?」

 ……脅迫じゃないか、おい。
 誰とも関わりたくない僕だ。勿論、こんな事に付き合いたいなんて思わない。それは本心だ。
 が、しかし……もし断れば、この人なら何をするか分からない。彼女の爆弾一つあれば、僕を生かすことも殺すこともできるのだ。先日の事件と併せて、僕に他人からの視線を集めるということも考えられる。
 ……よって、今後、僕が学園生活を平穏に過ごす為には、平穏とはかけ離れたクラブに入ることを余儀なくされることになるのか……。
 …………。
 …………あぁもう、ちくしょう。

「最低だな、あんた」
「最低で結構。犯罪者は非難されるものよ。それで、答えは?」
「……僕の選択肢、全部潰しておいてよく言えるな」

 精一杯の皮肉に、しかし灰先輩はまたも微笑みかけてくる。心なしか、それは心底嬉しそうに見えた。

「それは、入部の意思ありと捉えていいのよね?」
「意思じゃねぇだろ……脅迫だ、こんなの」

 毒づき、がっくりと肩を落とす僕に、先輩はやはり嬉しそうな笑みを浮かべながら。


「ようこそ、犯罪部へ。私たちは白絹くんを歓迎するよ」


 人から遠ざかっている僕が、一生与えられそうもない歓迎などという言葉と共に、僕は物騒極まりないクラブへと入部する破目になった。




 勿論、僕にとってこんなの不本意で、嫌で仕方が無かったのだけれど……。

 この『犯罪部』は、普段の活動なんてゲームしたり駄弁ったりするだけの、ある意味詐欺のようなクラブであることも。
 時折、ゲームと称して犯罪まがいな遊びをやらされる破目になることも。
 それによって、僕が放課後、校内を彷徨っていた根底の問題の解決も。
 この部活を通して、僕が次第に変わっていくことも。

 そして…………。

 この犯罪部の創設者、『羽古部灰』の真の目的も。
 彼女が引き起こす、身勝手で、哀しくて救うことが出来ない、どうしようもない状況が招く、彩桜学園の危機も。
 僕が……先輩の事件によって、本当の犯罪者となってしまうことも。

 そのときはまだ、知る由も無かった。


 だから。
 この話は、一人の学生が理不尽なゲームに付き合わされた話だった。そう、捉えてもらいたい。



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